選書紹介『客観性の落とし穴』/ 村上靖彦
今週のでこぼこ選書は
以前紹介させていただいた『悪口ってなんだろう』に引き続き、今回も「ちくまプリマー新書」シリーズからセレクトしてみました。
本書の概要
本書では、「客観性」概念を過剰に信頼することによる「弊害」とその「対策」が綴られています。
いきなり本書の核心に踏み込んでしまいますが、筆者の村上さんの問題意識は以下のようなものです。
・現代では「客観的な(数値で表された)指標」ばかりに価値が置かれることで、一人ひとりの、ありのままの「個別的な経験」、また誰かとの「相互のやりとり」の価値が損なわれている点
・その結果として「比較」・「競争」が激化し、人間の「序列化」・「選別」、そして時に「排除」が進むことで、人々の抱える「生きづらさ」・「苦しみ」が生じている点
あえて教育の領域に引き付けて捉えるならば、「評定」や「偏差値」といった、「数値的評価」ばかりに目を向けてしまうことの問題点としても考えられるかもしれません。
ではこうした時代に、失われていく「一人ひとりの経験の重さ」をどのように回復すればよいのか。
この点について村上さんは、「現象学」的な観点から、個々人のありのままの「語り」に注目する手法を提案しています。
この辺りのお話も面白いのですが、ここからのお話はぜひ本書をご参照ください。
村上さんが実際に行った数多くのインタビューがありのままに引用されており、「思想と文体の一致」を感じさせる構成となっています。
ちなみに本書、Amazonの「ちくまプリマー新書」カテゴリにおける「売れ筋ランキング」で「1位」になっている本でもあります。
それだけ「客観性」概念に、世間の注目が集まっていることの現れなのでしょうか…。
なお本書の帯では、「それって個人の感想ですよね?」・「エビデンスはあるんですか?」といった、どこかで聞いたことのあるようなセリフとともに、「この考え方のどこが問題なのか!」といった「煽り文句」が強調されています。
ひょっとすると、なにか「ひろゆき的」なパフォーマンスに表れている「エビデンス主義」みたいなものに関心(もしくは「違和感」)を抱く人々は、少なくないのかもしれません。
フィンランド教育の実状(?)
本書の第3章では「数値化」をしない「教育」の代表例として、フィンランドの教育が紹介されています。
興味深い内容だと思いますので、少しだけその内容を見てみたいと思います。
フィンランドの教育では、16歳まで数値的評価に基づく「選別」を行わないようです。
フィンランドにおいて「教育」は、「序列化」のための営みではなく、「一人ひとりの発達を支援する」ための営みとして捉えられており、そのために学校間の序列はなく、「家から一番近い学校が一番良い学校」であるという風潮があるようです。
またフィンランドの教育は、子どもが「自ら学ぶ」ことを基本に据えているようです。
そのため、授業は知識の詰め込みを行うのではなく、子どもが自身の興味に沿ったテーマを選択し、調査を行う形式が主とのことです。子どもの「自発性」や「創造性」を大切にしているんですね。
まさに「数値化」された「偏差値」や「平均」にとらわれることなく、「自らが何をしたいか」を大切にするフィンランドの教育は、「教育」に携わる人間にとって、一つの参照軸になりそうな実践だと思います(補足をすると、フィンランドは「学力(数値的指標)」の水準もとても高いことで有名です)。
私が大学に入学したのはおよそ10年前なのですが(10年!)、その当時においてもフィンランドの教育は注目を集めており、学部の授業でもその話題が何度も取り上げられておりました。
そんなことを思い出しながら本書を読み進める最中、X(旧Twitter)でこんな記事が流れてきました。
「"フィンランド教育は失敗だった"、とフィンランド政府が公式に認めました」、なんだと。
うーん、「学力調査の数値的結果の停滞・衰退」=「教育の失敗」とは必ずしも言えない気はしますし、上述したような21世紀のフィンランド教育が「数値的」な学力の向上を企図して行われてきたのかどうかは不明ですが、「フィンランド教育ブーム」的なものをこの身で感じていた自分にとっては、なかなかインパクトのある記事です。
そして本記事の書き手がどんな方なのか、引用されている資料は誰がどのような文脈で発表したものなのかなど、詳細な確認はできておらず、どの程度「客観性」のある情報なのかも不明なのですが、せっかくのタイミングだったので、こちらも共有をさせていただきました。
しかし、果たして「教育」の「成功」とは何なのでしょう。
「教育」を眺める立場や視点、軸によっても変わるとは思うのですが、そもそも「成功」とか「失敗」とかで語れるものなのでしょうか…。
おわりに
今回はご紹介できなかったのですが、「客観性」概念が要請された背景・歴史など、「客観性」に関する言説・先行研究についても見通しよくまとまっており、読んでいて大変勉強になりました。
「福祉」や「教育」など、人と人とが直接関わり合う領域において、どのように・どの程度「客観的指標」を活用し得るのか、改めて難しい問題だと感じます…当塾の理念にもありますが、「客観性」と「生活実感」の「バランス」を失わずにいたいですね。
また尾崎さんのコラムに倣い、以前コラムで代表が紹介されていた『測りすぎ』と突き合わせることで、なにか新たな視野が拓ける気もしましたが、今の私にその胆力はありませんでした…。
わずかな引け目を吐露しながら、そそくさとこの場を立ち去りたいと思います。それではまた。
紹介者:吉田
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