選書紹介「『その日暮らし』の人類学 ~もう一つの資本主義経済~」/ 小川さやか

今日のデコボコ選書は, 【「その日暮らし」の人類学~もう一つの資本主義経済~】です。

どんな本なのか?

本書は, 様々な側面から「その日暮らし」を考察し現代の私たちの社会で広まっている(支配的な)未来優位, 生産主義, 発展主義的な価値観に問いを投げかけている本です。



簡潔に言えば, 「その日暮らし」も悪くないのでは?という本ですね。



わが国で言うところの「その日暮らし」には, 主に悪いイメージがまとわりついていると思いますが, 他国をのぞいてみたり, 時間を遡ってみたりすると「その日暮らし」をしている文化圏はいくつも発見することができます。



日常生活では他国の文化を知る機会があまりないので, 本書に登場する日本とは違った文化で生活する国の事例はとても刺激的ですし, 日本と比較することによって, より理解を深めることができます。



他の文化圏の「その日暮らし」前章で述べたように一般的に我が国では「その日暮らし」と聞けばあまりいいイメージを持つことはありません。



日本国で育っていればたいていの場合「未来」のために「今」頑張りなさい-いい高校(大学, 就職先)に行くために「今」勉強しなさい, 老後のために「今」貯蓄しなさい-といったような未来優位の価値観が広まっているのではないかと思います。



著者はこのことを「未来のために今を犠牲にしている」と表現していました。     



本書では, 未来志向の価値観とは全く異なる文化(=その日暮らしの文化)で生活している国を例に出し, 「その日暮らし」を再考しています。



様々な文化の例が紹介されていましたが, 本コラムでは著者が調査したタンザニアの都市住民について軽く紹介したいと思います。



タンザニア都市住民の暮らし

まず前提として, タンザニアでは農業や漁業などの一部の職業を除いて1つの仕事を老いるまで継続するのはかなり稀であると言われています。



最近は日本でも終身雇用という考え方は以前よりも絶対的なものではなくなり転職する人も多いですが, 1つの安定した仕事についた方が将来のことを考えやすく特に深刻な不満がなければこのままこの仕事を続けていこうと思っている人も多いのではないでしょうか。



一方でタンザニアの都市住民は, ほとんどの人が即応的な技能で多職種を渡り歩くジェネラリスト(=広範囲に渡る知識や経験を持つ人のこと)的な生き方をしています。



日本にもジェネラリストと呼ばれるような人材はもちろんいて企業で言うところの総合職というのがそれに値します。しかし日本と違うところは「即応的な技能で多職種を渡り歩く」という点です。こうした生き方をしている人は結構少ないのではないでしょうか。



さらにジェネラリスト的な生活を営んでいるためか彼らは生計多様化戦略をとっていました。



生計多様化戦略というのは「1つの仕事で失敗しても, 何かで食いつなぐ」「家族の誰かが失敗しても, 他の人がカバーして食いつなぐ」ということです。



では, 著者がタンザニアで調査しているときの現地でのサポート役の夫妻の例を見てみましょう。



この夫妻は共働きであり, 夫が仕事のアイデアを思いつき今できる状態であればすぐチャレンジし, 失敗したら妻の稼ぎで食いつなぐことが可能になっています。



反対に夫の仕事がうまくいったときには妻が新しい仕事のアイデアを考え, できる状態になったらすぐにチャレンジし仮に失敗しても夫の稼ぎで食いつなぐことが可能になっています。そして妻の仕事がうまくいくとまた今度は夫が新しい仕事を探して, , , といったようなことを繰り返す戦略で生活していました。



この例は夫妻の場合ですが, 仮に独身だとしても複数仕事をして1つ失敗しても他の仕事でカバーしていくといった戦略で生活している人がほとんどです。



すごく生活は大変そうでありますが, 非常に柔軟な生き方をしているなと感心します。 日本でタンザニアの人々のように大胆に色んな仕事を渡り歩くという生き方をすることはなかなか厳しいと思います。



しかし, 彼らの仕事のアイデアをすぐに実現しようとすることや, 失敗しても他の誰かが支えるといった姿勢には学びがたくさんあるのではないかなと思います。



その日暮らしの「心理学」 

私は学部時代, 心理学科でしたので「その日暮らし」を心理学的な枠組みから少し考えてみました。



冒頭でも述べたように日本では未来優位の価値観が広まっています。



そのためか私たちは未来がある程度はっきり見えないと不安になったり心配したりすることが多々あります。



私自身も起業している身でありますから, 会社はどうなっていくのか, 結婚はできるだろうか, 老後はどうなるだろうといったことをふと考えていることがあります。おそらく皆さんもこのような悩みを抱えていると思います。



悩んだりすること自体は決して悪いことではありません。私としてはむしろ素晴らしいことであるとも思います。しかしながら, やはり将来への不安や心配が大きすぎるとそれは自分に牙をむいてきます。



そこで「その日暮らしの心理学」の登場です。



これは「その日その日の心の動きを淡々と受け入れて柔軟に対処していく」ということです(私が勝手に作りました笑)。



本書にはタンザニアの都市住民のほかにアマゾンの狩猟採集民ピダハンについての例もありました。



彼らはタンザニア以上のその日暮らしをしており(詳しくは本書をお読みください), 言語も独特で過去や未来を表す言葉がほとんどないそうです。



将来の不安や心配をしようにも未来を表す言葉がなければ考えることができません。そのためかピダハンの人々は現在(今自分が体験している生の世界)を生きています。



彼らは自分に降りかかる不幸を笑い, 過酷な運命を淡々と受け入れるそうです。



そして著者曰く未来について思い悩む私たちと比べて何やら自信や余裕を感じるのだとか。



日本には未来を表すことばは豊富にあるのでピダハンと同じように自分の運命を淡々と受け入れるのは難しいかもしれませんが, それでも今を生きようと努力することができると思います。



最後に私の気に入った一文を載せてコラムを締めくくりたいと思います。



「その日暮らしを見つめなおす必要に迫られた人は「負け組」や「希望」を失っている人間であると見なされる。そういう人間を増やしてはならない。不確実であることが「希望」がないことと同義で語られる。先がどうなるかわからないことは, 新しい希望にあふれているとも言えるのに。」



紹介者:尾崎