選書紹介 『文体練習』/ レーモン・クノー

本日ご紹介する作品は


『文体練習』/ レーモン・クノー



「文体」の可能性を追求した、「遊び心」溢れる一冊です。



この本は、とある些細な出来事をモチーフに、

その出来事を多種多様な「文体」で書き分けていくという、実験的な作品です。



だいぶ昔の本なのですが、めちゃくちゃ面白いです。

ぼくのような、ユーモラスな「言葉遊び」が好きな人間にはたまらない一冊だと思います。



せっかくなので、その魅力と雰囲気を味わっていただくために、
少しだけ内容の紹介をさせていただきます。

以下、ネタバレ注意です。

概要

本書は「1・メモ」と題された、とある出来事の描写から始まります。

その内容がこちらです。

「S系統のバスのなか、混雑する時間。ソフト帽をかぶった二十六歳くらいの男、帽子にはリボンの代わりに編んだ紐を巻いている。首は引き伸ばされたようにひょろ長い。客が乗り降りする。その男は隣に立っている乗客に腹を立てる。誰かが横を通るたびに乱暴に押してくる、と言って咎める。辛辣な声を出そうとしているが、めそめそした口調。席があいたのを見て、あわてて座りに行く。

二時間後、サン=ラザール駅前のローマ広場で、その男をまた見かける。連れの男が彼に、『きみのコートには、もうひとつボタンを付けたほうがいいな』と言っている。ボタンを付けるべき場所(襟のあいた部分)を教え、その理由を説明する。」

(レーモン・クノー『文体練習』 朝比奈弘治訳、朝日出版社、1996年、3頁。)



長くなりましたが、

要は「バスに乗ったら、隣の客にブチギレる男を見た。二時間後に、またその男を見かけた」

といった些細な出来事を描いています。


そして、ここからが本作品の見どころなのですが、

次ページ以降では、「1・メモ」で描かれた出来事を題材として、

それを別の表現形式、すなわち別の「文体」で、ひたすらに書き換えていきます。


例えば、「2・複式記述」と題された章では、こんな書き換えがなされています。

「昼の十二時の正午頃、わたしはコントレスカルプとシャンペレとを結んでつなぐS系統路線の公共乗合自動車バスに乗り込んで乗車した。ほぼだいたい満員でいっぱいなので、うしろの後部についている外に開かれた開放デッキに立つと、かなり相当おかしく変な、若い青年がいるのが見えて眼についた。首は細くて太くなく、かぶって乗っけた帽子のシャッポに、編んだ組み紐の細縄を、ぐるりと回して巻いている。混雑した人込みのなか、その若者の青年は、横の隣に乗ってる乗客に、…… 。」

(レーモン・クノー『文体練習』 朝比奈弘治訳、朝日出版社、1996年、4頁。)



あぁしつこい! クスクス笑いがこみ上げてきます。

いわゆる「頭痛が痛い」みたいな重複表現を、延々と繰り返す「文体」ですね。


こんな具合に、なんと99通り(+α)の「文体」で、

1つの出来事をひたすらに書き換えていく作品となっています。狂気じみてる。

「文体」の変化の手法

本書で実践される「文体」の変化のパターンとしては、

大まかに、以下の3つが挙げられるかなと思います。


ある変化の規則を適用して、元の文章を書き換えるもの(言葉遊び系)

例)「9・語順改変」、「22・語尾の類似」、「35・語頭音消失」

② 既存の様式を適用して、元の文章を書き換えるもの(パロディ系)

例)「43・尋問」、「44・コメディ」、「66・短歌」

③ 「語り手」・「視点」を変更して、元の文章を語り直すもの(人称系)

例)「14・主観的な立場から」、「15・別の主観性」、「52・偏った見方」


なかには、謎の規則を適用されたせいで、もう「まとも」な文章とは呼び難い状態まで変奏させられてしまった文字列も、

多数収録されています。(「20・アナグラム」、「68・平行移動」、「85・子音交換」など)

普段は「まとも」な文章を、正確には、少なくとも「文意の通った」文章ばかりを読んでいるので、

論理が破壊し尽くされ、コロケーションもへったくれもないかのような、全くもって「わけのわからない」文字列を読み進める経験は、

痛快かつ爽快で、ある種の「心地良さ」さえ感じさせてくれます。


この感覚、わたしだけでしょうか。


それと余談ですが、この「文体」の変化の手法、
何かを「創作」する上でのヒントにもなりそうですよね。
そう考えると、1つの「アイデア集」・「創作論」としても読めるかも?


たそがれる『文体練習』

「文体」と「出来事」に関する雑感

同じ「出来事」を描いていても、「文体」、すなわち描く「形式」や「視点」が変わると、

受け取る印象がすっかり変わってしまう点も面白いところです。



たしかに、見る「視点」が変われば、「世界の切り取り方」そのものが変わり、

「世界の見え方」も変わってしまうということは、現実でも多分にありそうですよね。



考えてみると「文体」は、
描く主体の「世界の切り取り方」が反映されたもの

として理解できるように思います。



だとすれば、別の「文体」を手に入れることは、

世界を切り取るための「別の視点」を獲得することだと言えるのかも。

抽象的な話ですが、それは「自由」に近づくための、一つの実践たりうるかもしれません。




また同時に、複数の「視点」から見た「出来事」が、いくつも重ね合わされていくことで、

出来事の輪郭が少しずつかたどられていくような感覚も覚えます(推理小説みたいな)。



いわゆる「物語」や「歴史」といった「出来事」も、
こんな風に、複数の「視点」が重ね合わされることによって編み上げられていくのだろう、

といったことをぼんやりと考えてもいました。



気づけば「冗長」かつ「独りよがり」「文体」になりつつあるので、

雑感パートはこの辺までにしておきます…。

「翻訳」の偉大さ

この作品、原作者さんがすごいのはもちろんなんですが、

翻訳者さんのお仕事も偉大過ぎるんですよね。

いうなればフランス語で書かれたジョーク・言葉遊びを、

分かりやすい日本語に置き換えていく作業です。

言語も文化も違うので、単なる直訳ではきっと無理が生じるはずです…。

ぼく自身、翻訳に携わったことはほとんどないのですが、

それでも途方もない苦労が推察されます。

翻訳者の朝比奈さん、本当にありがとうございます

関連作品紹介

気づいたらなかなかの分量になってしまいましたので、

本日はこの辺までとさせていただきます。

と言いつつ、

最後に、関連作品をいくつか紹介して終わろうかなと思います。



『コミック 文体練習』/ マットマドン、大久保譲訳、国書刊行会、2006年。

こちらは、同じ内容の物語を99通りで書き分ける、漫画版の「文体練習」です。

白状すると、ぼく自身、この本に目を通したことはないのですが、

本家『文体練習』と同様に、「創作」のためのアイデア箱として活用できそうですね。

一度手に取ってみたい作品です。


ラーメンズ コント「条例」


ラーメンズの小林賢太郎さんは、

自身のお気に入りの本に、この『文体練習』を挙げているらしいです。

この「条例」というコント、まさに『文体練習』っぽい構成で作られてますよね。

「条例」は、同講演のコント「不透明な会話」での一節、

「日常会話を5・7・5で喋らないといけない『短歌条例』が出る」

などの発言を伏線とした作品なのですが、これだけを見ても十分に楽しめるかと思われます。



幅広いジャンルで参照される『文体練習』、その文化的影響力の大きさを感じます。

おわりに

それでは改めまして、

気づいたらなかなかの分量になってしまいましたので、

本日はこの辺までとさせていただきます。




「文体」フェチの人、「創作」に関心を持つ人、

そしてクスっと笑える作品を読みたい人にオススメしたい一冊です。

当塾の本棚に入れておきますので、ぜひ手に取ってみてください。


追伸:特に好きだった、お気に入りの章を紹介

「2・複式記述」 しつこい。

「13・厳密に」 うるさい。日本語って便利。

「21・区別」 「ふたたび(マタタビではない)」がお気に入り。

「22・語尾の類似」 ラップみたい。

「27・念には念を」 マジでしつこい。しかし反面教師にもなる。

「46・音の反復」 ぶんぶん。

「72・だぐでん」 だだだだだだだだだだ。

「79・ばびぶべぼ」 最後の一節が特に好き。

「82・聞き間違い」 元の文を探るのも楽しい。

「84・イギリス人のために」 口に出して読んでみると…?

「85・子音交換」 わけがわからない。でも不思議と心地いい。

「88・罵倒体」 散々な言い様。罵倒の言葉にもこんなにバリエーションがあるとは。

「94・種の記述」 登場人物を学問チックに、そして風刺的に、アイロニカルに描きだす。

「97・間投詞」 間投詞のみで出来事を表現。ここまで読み進めたせいか、なぜか情景が思い浮かぶような気がしてくる。



どの章が好きかにも、その人の人となりが表れそうですよね。
読まれた方はぜひ語り合いましょう!

紹介者:吉田

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