選書紹介 『いのちはなぜ大切なのか』/ 小澤竹俊


今回のでこぼこ選書は、


『いのちはなぜ大切なのか』(小澤竹俊著、筑摩書房)


です。


皆さんならこの難しい問いにどう答えるでしょうか?



恐らく多くの人は、いのちの大切さについて感覚的には分かっているのではないでしょうか。

しかしそれを言葉でどう表現すれば良いかについて問われると、頭を悩ませる方もまた多いのではないでしょうか。


しかも仮に言葉で表現できたとしても誰もがみな一致する「答え」なるものは恐らく存在しないでしょう。



例えば、

ある人は、
「いのちはひとつしかないし限りがあるから」と言い、


ある人は、
「いのちは先祖代々バトンのように受け継がれてきたものだから」と言い、


ある人は、
「死ぬのが怖いから」と言い、


ある人は、
「そもそもいのちは大切ではない」と言うかもしれません。


このように、人によって答えが分かれてしまう可能性は多分にあります。



本書では、「いのちはなぜ大切なのか」という普遍的な答えがなさそうなこの疑問に対して、
著者の終末医療での医師としての臨床経験からその答えを見つけようとしています。

120ページほどの非常に薄い本ですが、現実感に溢れながらいのちの大切さに向き合うことに加えて、
医師として「いのちに対する認識」の教育的な重要性についても伝えてくれています。

「いのち」の本質とは何か?


著者は、理不尽な苦しみを前にして死と向き合う患者さんたちには、

一般論的な耳馴染みの良い「励まし」のような言葉はほとんど通用しないと述べています。


こうしたまさに「死」と対比することで浮かび上がってくる「いのち」について、

私たちはどんな想いで、死が目前に迫る方々に対してその重要性を伝えることができるでしょうか。


また、大人たちは子どもたちに「いのちに対する認識」をどう伝えられるでしょうか。

そして子どもたちはどう「いのちの大切さ」を実感するのでしょうか。


教育において「いのちの教育」をどう実践していく必要があるのでしょうか。

著者も本書で述べられている通り、大人でも答えることの難しいこのテーマを教育現場で扱い間違えると、

「いのちの大切さ」の本質的な部分については何も教えられずに終わってしまう可能性や、
かえって逆効果になってしまう危険性があると危惧されています。


その本質とは一体どういうものなのでしょうか。

本書の素晴らしいところ


個人的にではありますが、本書で素晴らしいと思うのがいのちをテーマにした時に、決して「きれいな話」だけで終わっていない、という点です。

またこの点が、筆者の言う「いのちの大切さ」の本質にもつながっています。


例えば、終末医療の現場では、今、目の前にあるこの綺麗な桜を来年は見ることができない、という「非日常」を通じて、「いのちの大切さ」を実感し、最後までこの「いのち」を全うしようとする方も多いそうです。


これはいのちの美しさ;「光」の部分にあたるでしょう。


しかし、著者はいわゆるあらゆることが当たり前のように過ぎ去っていく「日常」を送る健康な人たちにとっては、こうしたいのちの「美しさ」について、毎回毎回「有難い」と思うのは本当に疲れるし現実的ではないと述べています。

思い出したあるお話


この話を読んで昔聴いたある話を思い出しました。



それは心臓病を患い、入院した親を懸命に看病している娘さんのお話です。


その娘さんは、親の入院が決まった際に、親の余命宣告を受けました。


残りの時間が僅かだと知り、非常にショックだったそうですが、


別れの日が来るまでの3か月間出来る限り通いつめて懸命にサポートしたそうです。


しかし、その娘さんにも家族がいて、子どもがいて、娘さんの生活も当然ありました。


気持ちでは毎日一緒にいたかったそうですが、現実的に考えてどうしても毎日サポートするのは難しかったそうです。


そしてついにお別れを迎えました。悲しみがいっぱいだったそうですが、


同時に、あと1ヶ月この生活が続いていたら私も家族も持たなかったかもしれない


ということを仰っていました。




このことは場合によっては、


「いのちの大切さ」とともに支援をする側の様々な苦しみ;現実的な「陰」の部分


を言っているようにも思います。


実際、本書の中でも似たような事例が紹介されていました。

このように、「いのちの大切さ」について考えてみると、「きれいな話」だけでなく、

それに関連するような「苦痛な話」もある、ということを著者は伝えてくれています。


そして「いのちの大切さ」の本質を知るためには、こうした「光」と「陰」の両方の側面があることを知っておくことが大切だと述べていました。

皆が納得できる普遍的な答えはない


著者は「なぜいのちは大切か」という問いについて、皆が納得できる答えはないとも述べています。


そしてこの点がまた、個人的に筆者の素敵な考え方だなと思ったのですが、
著者はここで「なぜいのちは大切か」に対する普遍的な回答を追い求める代わりに、


「なぜ私のいのちは大切か」という極めて個人的な問いとして、

それぞれがそれぞれの観点で考え続けることが重要だと述べています。

終末医療の現場では、まさに個々人それぞれが全く異なる価値観を持って日々生きておられます。

だからこそ、一人ひとりに合った支援をその都度考え続けているそうです。

そしてこのことは、私たちの学習塾でも同じことを大切にしています。


誰にでも当てはまる答えがないからこそ、一人ひとりに関心を持ってその人をよく知ろうとすることがとても大切なのだと思いました。

本書で最も伝えたいことと感じたこと


著者は、最後にこの本の中で最も伝えたいことを書き残しています。



それは、


「答えは考えつづけなければいけません。でも、答えを決めつけてはいけません。」

『いのちはなぜ大切なのか』小澤竹俊, 筑摩書房, 2007, p123.




常にそこで出てきた答えというのは仮説でしかないという風に自分は解釈しました。

同じ人間でも昨日の気分と今日の気分では恐らく全く異なるでしょう。


もしかしたら、さっきまで嫌な気分だったのにふいに幸運に見舞われて、数秒後にはウキウキな気分になることだってあるかもしれません。


こんな風に人間は刻一刻と変化し続けています。


だからこそ、「この子はこういう子」といった決めつけはせずに、もしもその子について表現しようとするならば、


今日のこの子は」、「今のこの子は」、といった暫定的な判断に留めることが重要だと改めて本書を読みながら感じていました。


医療と教育、分野は違えど、「人と人がつながり支援し合う」という点では、共通点があるなと本書を読みながらしみじみと共感し、気づいたら読み終えてしまっていました。

「いのち」や「生きること」は誰もが経験・体験する普遍的なものです。

そんな普遍的で誰もが持っている「それぞれの生きる」にとても優しい眼差しを向けられている著者に温かい気持ちを覚えました。



そして本書では、いのちの大切さを考える上で、


体験談だけでなく学問的な視点からも様々な考え方を紹介して下さっています。


本コラムではその考え方の多くを端折ってしまっているので、「いのちの大切さ」についてリアリティを持って多角的に考えてみたい方はぜひご一読ください!
そして度々登場する挿絵も素敵でした…





紹介者:熊谷


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